トルストイ

トルストイといえば、言わずと知れたロシアの文豪です。実はトルストイには孫がいて、女性ジャズヴォーカリストなのです、Victoria Tolstoyというスウェーデンにいる素晴らしいヴォーカリストです。彼女のアルバムは非常に好きで何回も聴いてきました。

もう何年も前から、大学の授業で、Victoria Tolstoyのアルバムを紹介する際に、「この人はトルストイの孫なんだよ!」と言うのですが、そこに反応する学生は非常に少ないです。 

最初は、私としては、「芥川龍之介の孫がジャズミュージシャンだよ」くらいのインパクトがある話をしているつもりでしたので、反応のなさに非常に驚きました。

しかも、トルストイはロシア(ウクライナではなく)の生まれであるにもかかわらず、このVictoria Tolstoyは自分のライブでウクライナ支援を行っているのです。

blame it on my youth 1000px

それはものすごくVictoria自身の何らかの主張(私にはわかりませんが)を貫いているわけで、アーティストとして非常にリスペクトできます、と言う話しをしてもほぼ学生には通じません。

あまりにトルストイを知る学生が少ないので、色々聞いてみると、今の学生はロシア文学を全く知らないことが判明しました。

トルストイも、ドストエフスキーもプーシキンもチェーホフも知りません。

もちろんこれらの文学者の作品を読んでいる必要はありません。そういう私もアメリカに行く前は英文学を専攻していましたが、19世紀末の文学ばかり読んで、たとえばシェークスピアは読みが非常に浅いです。 でも、一般常識として、戦争と平和を書いた文豪トルストイという名前を知っているくらいは学校で教えてほしいなと思います。音楽家でなくてもモーツァルトやショパンは名前くらいは聞いたことがあるという人がほとんどなはずなのに、なぜ、トルストイは知らない? これは、左とか右といった政治的理由でしょうか?共産主義?でも、トルストイなどこれらの文豪はロシア革命以前の人たちです。

まあ、それがどういう理由かは別として、文学ももちろんアートです。そこに政治や、国の考え方を交えて教育の内容に影響させるというのはデモクラシーに反していると思います。 トランプ大統領はケネディーセンターをトランプセンターと改名して、結局、アメリカの最高裁がそれを拒否しました。 近年、トランプ大統領のような見せつけるようなやり方も、この日本の隠れたようなやり方も、国や政治がアートやアーティストの主張を精査して、教育の中で捻じ曲げているような気がしています。 バンクシーの活動にも見られるように、アートはどのような政治的背景があっても、国と国の関係性の問題があっても、表現の自由、そしてメッセージを伝える自由が守られ、リスペクトされるのが自由国家だと思います。 自由は、そこに当たり前にあるときは人々は気にしません。でも、もしタリバン支配下の国のように音楽禁止と言われると初めて人々はそこに疑問を感じたり、反対したりするかもしれません。 でも、そのような極端なケース以外にも、知らないうちに自由が奪われている場合もあるということを、認識する必要があるかもしれません。