松尾芭蕉

高校だったでしょうか。古文とか漢文という授業がありました。古文の授業は変な日本語だと思ってクスクス笑って、漢文の授業は文章より、その横にある中国の建物とかの絵を見て、「今日ここで何食べたんだろう、豚の角煮かな?」とか考えることしかしていませんでした。つまり、興味ゼロでした。私の叔父が当時ある高校の校長をしていて、同時にNHKの俳句(多分、、)に関連する仕事(添削?)をしていたのは知っていましたが、その叔父と親しかった割には、全く俳句なんて興味はありませんでした。

ところが、最近、私の友人のDave Schroederと言うNY大学のジャズの主任の教授が、レジェンドも含む、ジャズのトップミュージシャンとのインタビューシリーズをPodcastでやっておりまして、いつも新しいインタビューをすると連絡をくれるのですが、ある時、Stefon Harrisと言うビブラフォンの人のインタビューがありました。 

彼の話の中に、今世界中で起こっていることを考えるとネガティブなことしかないが、アーティストは、今音楽でたとえ何であろうが(良いことでも悪いことでも)その時に起こっていることを、「観察」して、次に何をすべきかを考えるエキスパートであるべきで、その視点から見ると今世界で起こっていることも観察して、音楽と同じようにそれで自分が何ができるかを模索する、と言う話をしていました。

この人は面白い人で、このようなコンセプトのもと、ミュージシャンだけでなく、ビジネスコンサルタントの分野でも活躍している人です。

その時に彼が使った言葉が、Observeと言う言葉です。直訳すると観察になるのかもしれませんが、この意味は、どちらかというと「ただ見つめる」と言うのに近いかもしれません。

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これを聞いた瞬間に私の中では、松尾芭蕉が浮かびました。俳句なんて何の知識もありませんが、「静けさや、、、」のように、限られた文字数で表現すると、その一瞬の感覚が、全てを凝縮して表現される、、しかもそれを可能にするのは、その瞬間を無心でじっと見つめることが必要、、、これが、私の中でStefon Harrisと松尾芭蕉を結びつけたようです。

ジャズと言う音楽は即興ですから、その瞬間に起こったことが全てです。もちろんうまくいくときも行かないときもあります。

でも、うまくいく行かないとは関係なく、その瞬間をただ感じて見つめることが必要なんだと思います。

あるインドの思想家が、何かを見たり感じた瞬間に頭の中で言葉にしてはいけない、言葉にした瞬間に感覚はcheepなものになってしまう、言葉になる前の感覚が一番大切と言っているのを読んだことがあります。俳句はもちろん言葉がありますが、文字数が極端に少ないと言う点で、このインドの人が言っていることと近いのかなと思います。

これは音楽だけでなく、毎日に起こる様々なことに対しても同じかもしれません。いいとか悪いとかではなく、好きか嫌いとかでもなく、ただその一つの物事を見る、、みたいな。。

こんなことがあって、最近、ピアノを練習する前に必ず芭蕉の句を一句読むようにしました。彼の観察力を感じたいなと思って。すると、音楽への理解力にも変化がありました。面白いですね、人の頭の中って! でもだからと言って、開眼したわけでも何でもありません。日によって、比較的うまくいく日もあれば、別のことに囚われて、観察なんて全く忘れる時もあり、凸凹続きです。

ただ、この「観察」を自分の中に取り入れることが私の練習の大きなテーマになったことは確かです。 因みに、このNYの友人、Dave SchroederのPodcastは、近々、Artist GreenのHPでもご紹介しようと思っていますので、その際は是非チェックしてみてください。